2006年12月24日 (日)

芦安・東京

9:00

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起床して周辺を散歩する。写真を何枚か撮り、他にやることもないので温泉に入る。朝からのんびり温泉なんてぜいたく。とても気持ちがいい。そしてまた寝る。

14:30

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部屋の掃除をして、山を降りる。周辺は温泉施設が多く、いろんな温泉の看板が立っていた。川岸は雪でうっすらと白くなっている。

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昨日も通った岩の切り出し工場の写真である。こういった骨格がむき出しになった工場を出会うと、美しい建築作品を観たときのように興奮する。また岩場の工場などは山道を車で走っていると突如として現れるので、いっそうドキドキ感が大きい。

余談だが川崎の工場地帯はすごい。 やばい、という言葉が方が適切かもしれない。人間はついにこんなものまで作ってしまったのか、と思ってしまうほどだ。しかも、夜は怖いくらいに美しいのだ。たまに車で通るのだが、見るたびに圧倒され、魅了されてしまう。川崎の工場地帯はいつか写真を撮るためだけに行きたいと思っている。

15:00 東花輪

つれの趣味の関係上、旅行に出たら必ず鉄道の駅に立ち寄ることになる。駅によってはかなり駅舎が古かったり、周辺にへんなものがあったりして私も楽しむことができる。もちろん駅によっては、だが。

今回も五つの駅に立ち寄ったのだが、そのなかで面白かったのが東花輪の駅。

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駅の向こうの住友セメントの工場。謎の線路脇の建造物(ぬーっと突き出た天辺に小屋がくっついている)。

15:20 有馬記念

「有馬記念やわ!」とつれがあわてたように車のラジオをつけた。すっかり忘れていたが、今日は有馬記念だった。結果はディープインパクトの圧勝。つれの予想ははずれ、私の馬券もはずれ、結局0円だった。ラジオの競馬中継はうるさいので、すぐにCDに切り替えた。

18:05駒沢・一風堂

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中央道には渋滞も無く、夕方には東京に着いた。お腹が空いているので、駒沢公園の近くの一風堂でラーメンを食べる。一風堂は東京でもかなり人気店のようだが、私は普通の味だと思う。博多風のトンコツも細麺もあんまり好きではないし。

18:38 駒沢公園

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駒沢公園の入り口では中学生がサッカーをやっていた。見ていると赤いポストをゴールにしているらしい。クリスマスツリーも飾られている。昨晩ケーキも食べてしまったし、すでにクリスマスは終わった気分だったが、今夜が12月24日のクリスマスイヴだった。

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2006年12月23日 (土)

相模湖・芦安

10:00 

久しぶりのドライブに出発。助手席に座っていると日差しが暑いぐらい天気がいい。多摩川を越え、「さようなら、東京」とぼけーと風景を見ていると、相模湖と書かれた道路表示が目に付く。そういえば相模湖ってよく聞くけど行った事が無い。ということで、相模湖に行くことにする。

12:00 相模湖

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相模湖はワケありっぽいカップルが数組いるだけだった。ワケありというのは男女の歳がとても離れていたり、なんとなく暗く寄り添っている感じに見えたという、私の独断と偏見によるものである。こんなに気持ちよく晴れているというのに、健康的な家族連れなどいない。周辺にある食堂や売店も閑古鳥が啼いている。客引きのおばちゃんが「遊覧船に乗ったら無料で1時間スワンボートに乗っていいよ」とさかんに声をかけてくるが、あまり興味はわかない。


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「なんか寂れているね~」と言いつつ、じつはこういう寂れ感が私は好きなのでちょっとうれしくなっている。ゲーセンに入ると、ここがまた射的やインベーダゲームといった昭和懐かしゲームが満載だった。特にピンボールは盤のデザインがとても美しい。しかも今でも現役で使えるのだ。スマートボールの前に座り黙々と玉を発射しているおばあさんがいたのだが、近くに住んでいる人なのだろうか。彼女は一日ずっとああして過ごしているのかもしれない。

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ゲーセンを出てぶらぶらと歩いていると、綿菓子の機械が置いてある。夜店などで綿菓子売りのおじさんが割り箸を機械に突っ込み、くるくると器用に綿菓子を巻きつけているのをみたことがあるが、これが百円で体験できるらしい。さっそくコインを投入すると、上部からザラメがおちてきて、中心の機械が周りはじめた。すぐに出来立てのやわらかい綿菓子が周囲にふわふわと現れる。あわてて割り箸で巻きつける。しかし、はじめはうまくいくのだが、綿菓子が大きくなると重さでボタリと下に落ちてしまう。あわてて割り箸で拾い、落ちた綿に新しい綿を巻きつけようとするがうまくいかない。ふんわりとした大きな綿菓子を作るのにはもうちょっと練習が必要。

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駐車場でみつけた湖畔のかわいい表示。

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「動物をいじめたりしないで」と何かのセリフのような警告であるが、図をみると肩に鳥が乗っているだけ。むしろ人間のほうが攻撃されているのでは。これを考えた人は図柄をどうすればいいのか悩んだんだろうな。

13:00 談合坂サービスエリア
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ふたたび高速に戻り、談合坂のサービスエリアで休憩する。談合坂なんて面白い地名だなと思っていたのだが、その由来は、
[1] 近郊の村の寄り合い場所として、この近辺で話し合いが行われた。
[2] 戦国時代に北条氏と武田氏が和議調停などの交渉ごとをした。
[3] 武田信玄の娘が北条氏に嫁ぐ際に婚儀の約束事について話し合った。
[4] この付近にも桃太郎伝説があり、さる、犬、キジが桃太郎の家来になる約束をしてダンゴをもらった。
と諸説あるらしい(ここからhttp://www.ezaki-glico.net/glicoya/map1.html

『山本勘助』という焼印の入った団子を食べる。団子のほかにもせんべえや饅頭など勘助グッズがたくさん売られていた。私もつれも日本史に感心が薄いので知らなかったのだが、山本勘助とは武田信玄に仕えた武将だそうだ。

15:00 WINS石和

助手席に座っていただけなのでよくわからないが、どこぞのインターチェンジで高速を降り、山梨県に入る。次の日が有馬記念のディープインパクト引退試合ということで、つれがWINS石和で馬券を購入する。「どの馬がくると思う?」とつれが聞くので騎手の服で選ぶと、なぜか私の分の馬券まで買ってくれた。WINS内は9割が男性で占められており、とにかく人が多い。皆、次の日の有馬記念の馬券を買いに来ているのだろうか。床に座り新聞をひろげて予想をしている姿は災害時の避難場所みたいだった。

16:30 芦安

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夕日をうけオレンジ色に染まる富士山がとてもきれい。マックスバリュ(大型スーパーマーケット)で晩御飯の材料や木炭を購入し、これから山の中腹にある市営のロッジに向かう。山に登る途中には岩の切り出し工場があった。だんだんと暗くなり、木々の枝が影絵のように美しく浮かび上がった。その向こうに輝く細く白い月。

17:00 沓沢
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車で30分ほど急な坂道をのぼると『みどりの郷くつさわ』に到着。私たちが今晩泊まる宿である。宿泊する建物は古い民家を改修したもので、入ってすぐのところに囲炉裏がある。

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中は12畳と9畳の部屋がある。

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自炊用のキッチンと洗面所(トイレ)もついている。一棟貸切のため、他に宿泊者がいないときはわたしたちだけでこの広い部屋を使うことが出来る。夏場は混んでいるらしいが、この時期は寒いのでだれも泊まる人はいない。また建物の目の前には温泉施設があり、宿泊者は入りたい放題である。これで一泊ひとり4050円だからかなり安いと思う。

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まずは温泉。さすがに山のほうに入ると寒い。温泉にもだれもこないので貸切でゆっくりする。その後、囲炉裏に木炭を入れ、火をおこした。晩御飯の準備にとりかかる。クリスマスといえばやはりチキン。網にのせて焼くと、じゅうじゅうといい音を立てる。しかし、火をおこすのと焼くのに結構時間がかかり、温泉に入ったのにすっかり体が冷えてしまった。というわけで交代でまた風呂に入り、あがってきたところでやっと今夜の晩御飯となる。クリスマスケーキはつれの手作りのチーズケーキだった。

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2006年5月 4日 (木)

東北・旅日記②

10:20 八幡平
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レンタカーで八幡平に向かう。まだ雪がたくさん残っている。
八幡平の休憩所に寄るとパネル展示がしてあり、この一体にかつて鉱山があったことを知る。松尾鉱山は昭和四十年代に閉山になったが、この雪深い山奥に鉱山労働者やその家族が住む町が形成されていたそうだ。最盛期で1万5千人が住んでいたという当時のアパートや学校など建物はそのまま残っているということである。これはぜひ見てみたいと、来た道を引き返し、旧松尾鉱山の町に入る。

11:00 旧松尾鉱山社宅跡
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メイン道路の脇に伸びた一本の道を入ると、すぐに廃墟の町は現れる。車の窓からその町を見て思わず「うわっ」と声が出る。何棟もの崩れかけたコンクリートの建物がそびえたち、かなり異様な風景である。ここまでの大規模な廃墟はほかにあるのだろうか。ほんとうにそのままの形で残っているのだ。信じられない光景を目の当たりにして、ここにかつて町があったということを実感する。

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周囲には草が生い茂り、雪も深く、近寄ることを拒んでいるかのようである。足元に気をつけながら建物に近づき、その内部に入ると大量の雪が山のように積もっている。外から吹き込んできた雪がまだ残っているのだろう。雪の上に足跡が残っている。私たちのようにものめずらしさから廃墟を見学に来る人もいるようだ。

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コンクリートのアパートは4階建で、古い割りにつくりがしっかりしているため、中に入っても崩れる心配は感じられない。階段を上っていくと、左右対称に同じ部屋があり、なぜかどの部屋も玄関先に取り外された便器が置いてある。間取りは6畳と8畳の部屋に押入れ、台所とトイレといった感じだ。落ちていた雑誌を拾うと昭和41年発行のものだった。窓の外に雄大な八幡平の雪山が見える。全くひとけはなく、寒さのせいかねずみさえ暮らしていない。アパートの奥の方に煙突が二本。学校の建物も見えていたが、雪が深いためさすがにそこまで近づくことはできなかった。

この町には今では誰も住んでいない。しかし、この鉱山町に残る建物でひとつだけ現在も使われている建物がある。それは町の入り口近くに立っている元病院なのだが、現在その建物は学習院の施設として利用されているらしい。白く塗られたコンクリの建物は外から見るとたんなる校舎といった佇まいである。もし廃墟となったアパートが改修され現在も使われていたらあのような建物になっていたのかもしれない。それにしてもなぜ学習院がその建物を利用しているかは不明である。

廃墟群を抜けたところに中和処理施設がある。ここは北上川の清流となるが、鉱毒が流れ出すため、中和処理施設が昼夜稼働中である。この施設がなければ北上川は死の川となってしまう。鉱山が閉山されて30年以上経つが、施設は半永久的に稼動し続ける。

11:45 アスピーテライン
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開通したばかりの雪の回廊。よくみると、雪の壁にいろいろ落書きがしてある。相合傘とか名前とか。

12:30 藤七温泉
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アスピーテラインを抜けた先にある藤七温泉に行く。簡易な露天の湯船だ。泥パックのようなぬめりのある灰色の湯はなるほど肌によさそうだと思うが、入り口の古い看板を見ると「日本で一番紫外線が多い場所です」と書かれている。たしかにさえぎるものも何もない山の上だし、さらに雪で反射するため、まぶしいくらい紫外線がたっぷりだ。しかし、これが売り文句だったのはいつの時代だろうか。今は紫外線は嫌われ者だというのに。私も普段日差しをできるだけ避けて生活しているのに、これでは全く意味がない。と、思いつつやはりせっかくなので温泉に入る。もう一生分くらいの紫外線を浴びてしまった。

16:04 弘前・万茶ン
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弘前に着く。太宰治も通ったという万茶ンという喫茶店に入る。コーヒーが売りの正統派の純喫茶である。客層も中高年が中心。

17:00 弘前城
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弘前城に花見に行く。さすが名所だけあって人出も多い。5時を過ぎたら城内に無料で入れるらしく、10分ほど時間をつぶしてから中に入る。

17:30 弘前さくら祭り

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花見会場になぜか占い師が立っている。最初見たときはびっくりしたが、弘前の桜祭りでは普通のことらしい。会場のあちらこちらで占い師が店を開いている。花見に来て占いをしてもらう人なんているのだろうかと思ったのだが、家族連れのお父さんが手相を見てもらっていた。

17:48 オートバイサーカス
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弘前の桜祭り会場を歩いていると、見慣れない出店が多いことに気がつく。スマートボールとか、おばけやしきとか。どれもなんだか古めかしく、まるで昭和30年代といった風情なのだ。その出店の中でも目を引いたのがオートバイサーカスである。外から見ると巨大なテントといった感じなのだが、看板には、樽の中をオートバイが走ると書かれている。挑戦者で成功したものは100万円差し上げますとも書いてある。連れと入ろうかと悩んでいると、客寄せのため入り口で若手がバイクをふかしはじめる。まあ、こんなもの今後見る機会ももうないだろうし、と700円の入場料を払って見物することにする。
中に入ると、木製の見物台が樽を上からのぞくようにぐるりと囲んでいる。樽の高さはだいたい4メートルぐらいだろうか。中をのぞくと、大きな酒樽が二つ置かれている。客も徐々に集まり始め、客寄せのバイクのエンジンも止まったようだ。いよいよオートバイサーカスのショーがはじまる。
樽の中にバイクに乗った男が現れると、エンジンをふかし、いきなり樽の側面を垂直に上り始め、ぐんぐん走り出す。木製なのでこちらの足場にもがたがたと振動が伝わってくる。バイクはどんどん上がってくる。運転手は無表情のまま走り続ける。樽のふちのぎりぎりの赤ラインまで上ってくる。怖い。私も連れも腰が引けている状態だ。観客からチップの千円札が差し出され、男はさっと片手で受け取る。そして、受け取った千円札で目隠しをして、両手を広げて猛スピードで樽の中を走り続ける。割れるような拍手がおこる。

21:33 盛岡・三千里
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オートバイサーカスに圧倒されてしまい言葉もない。なんだか出るのはため息ばかり。盛岡に戻り、名物の冷麺を食べる。スピーカーから流れる音楽は「ラジオスターの悲劇」。

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2006年3月18日 (土)

北陸・旅日記Ⅱ

6:00

車内放送で目が覚める。別線の事故の影響でこの電車は2時間遅れで走っているらしい。金沢駅に6時過ぎに到着する予定だったが、このままでは8時過ぎの着になる。2時間遅れなんて、まるで外国並の遅延だ(ちなみにインド旅行では最大12時間遅れがあった)。日本でもこういうこともあるんだ。

8:16 高岡駅

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急遽、予定を変更し高岡駅で下車。2時間超えの遅れのため運賃が少し返金されることになる。高岡駅は妙なつくりをしていて、電車が止まらないホームやひとつだけぽつんと離れているホームがあったりする。

9:30
高岡駅前でレンタカーを借りて高速を走る。脇はのどかな田園地帯だが、やたら鉄塔が多い。田圃の真ん中にどんと鉄塔が建っていたりする。だんだんと周りに雪が増え、目の前の山々をトンネルで抜けていく。

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長いトンネルの途中に見えた関西電力のダム

10:00 白川村

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ユネスコ世界遺産に登録されている白川村に到着。オフシーズンとあって人気もまばら。おかげでゆっくりと立派な合掌造りの家々を見て回ることが出来た。

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合掌造りの内部は意外なものだった。というのも、実際に見るまでは、ぶち抜きの大広間のみで、部屋はないと思っていたのだ。1階の中心に囲炉裏があり、各部屋がふすまで仕切られている。2階、3階もある。
今では観光地となっている白川村だが、数十年前まで山によって外界と閉ざされており、冬場はかなり大変だったようだ。パネル展示で近隣のダムの底に沈んだ村のことを知る。

13:00 砺波
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富山県砺波市はチューリップの町として有名。一年中チューリップが咲いているというチューリップ四季彩館に行く。チューリップの歴史や文化の紹介するチューリップミュージアムを見学。手回し式のチューリップ栽培の説明や光る巨大な球根など、展示に工夫があり予想以上に楽しめた。

Tulip   

四季彩館の外の水面にぷかぷか浮いた謎のプラスチック。穴の中をのぞくと・・・

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びっしりとチューリップの芽が!ギャー!

15:00

高岡駅に戻りレンタカーを返却。金沢駅に向かう電車の中で『ますの寿司』を食べた。富山といえばますの寿司。

17:00 のと鉄道

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能登にのと鉄道という電車があるというので、乗車し七尾~穴水間を往復する。目的地などない。ただそこに鉄道があるから乗るのである。二両編成ののと鉄道は地元の高校生が数人乗っているだけで利用客は少ない。

18:00 和倉温泉

和倉温泉にやっと到着。
元気な旅館の女将に圧倒されながら早速温泉に入る。白川村で板の間を歩いてから、ずっと足が冷えてつらかったのだ。温泉に入りやっとほっこりする。
晩御飯はお造り、茹でカニ、イカ焼き、牡蠣ごはんなどの海の幸をお部屋でいただく。やはり北陸の魚は美味しい。晩御飯の後にまた温泉に入り就寝。
それにしても年配の仲居さんに上げ膳下げ膳してもらい、お布団までひいてもらうと申し訳ない気持ちになってしまう。貧乏人気質だからだろうか。

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