2006年5月 7日 (日)

東北・旅日記⑤

おみやげ

■ 南部鉄器の鍋
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岩手の南部鉄器のふたり鍋。四角い形が気に入った。
これでトマトの煮込みを作ってみたい。

■ 小岩井農場のチーズケーキ(マイルド)
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小岩井農場を去る直前に慌てて買ったチーズケーキ。
チーズの味が濃く、予想以上においしい。お取り寄せしたいかも。

■ 金萬
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秋田駅のイトーヨーカ堂で買った金萬。つれが好きだということでおみやげに購入。鹿児島の金生まんじゅうに似てるな。

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2006年5月 6日 (土)

東北・旅日記④

11:04 小岩井農場
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盛岡駅前からバスに乗り小岩井農場に行く。小岩井農場は宮沢賢治も何度となく足を運び、「小岩井農場」という長編の詩も作っている。シープ&ドッグショーを見学。春に生まれたばかりのかわいいひつじ。

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農場には文化遺産に指定されている牛舎やサイロがある。古いものだと明治時代に建てられている。赤い屋根に木造の建物は今見るとレトロでおしゃれ。

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文化遺産の建物なので今では使ってないのかと思ったが、実際に牛舎の中に今でも牛が飼育されている。飼育されている牛は2、3度妊娠させられ、搾乳され、その後は廃牛(食肉)となるらしい。私の大好きな小岩井の牛乳はこうして作られているのである。
ここから散策路を抜け乳製品の工場に向かう。牛乳やチーズが作っている機械や製品を運ぶベルトコンベアを見学。最後に試飲をして終了。

16:22 よ市
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よ市は盛岡の材木町で毎週土曜日(4~11月)に開催されているらしい。山菜、こんにゃく、花、豆、おでんなどの出店が並ぶ。開催事務局が無料で山菜ごはんをふるまっていた。ガイドブックにもあまり出ていない地元の人情味あふれる市。

16:52 啄木新婚の家
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啄木が妻の節子と新婚当時、3週間ほど暮らした家。両親と妹と同居していたらしい。無料開放されていたが、見に来る人もあまりなく、静かなのでつれとまったりする。それにしても畳は落ち着く。私も新婚になることがあるのならば、こういう縁側のある平屋建てで暮らしたい。

22:02
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秋田から寝台特急に乗って東京に帰る。個室なので照明を落とすと、車内は真っ暗となり、窓の外の闇と一体化する。横になった状態でぼんやりと外を眺める。夜汽車はごうごうと走り続ける。もし晴れていたら星も見えたかもしれない。いくつもの小さな駅を過ぎていく。ホームには誰もいない。畑を抜け、鉄橋を渡り、川を越える。暗闇にぽつんとひとつだけ明かりがある。田んぼの脇道に設置されている灯りだ。稲穂はきれいに刈り取られている。まあるく照らす灯りの下にはジョバンニが立っているような気がする。

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2006年5月 5日 (金)

東北・旅日記③

10:51 曲り家
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遠野に向かう途中にある曲がり家(千葉家)を見学する。曲がり家とは、母屋と馬屋がL字型で一体となった住宅のこと。国道沿いの高台にある千葉家はかなり立派な造りで、200年前に建てられたらしい。ひとつ屋根の下、男の15人 を含め25人の家族と馬20頭が一緒に暮らしていたこともあるそうだ。
展示されている古い農具・道具は見たことのないものばかり。何のためにどうやって使っていたのかが不明である。観光客のおっさんが「これは米を収納していたものだ」と説明してくれる。なるほどそうなのかと思って見ていると、別の人が来て「これは醤油を作るものだ」と言う。みんな適当。

11:45 カッパ淵
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遠野にはかっぱが住んでいたという伝説がある。かっぱが現れたというかっぱ淵に行く。思っていたよりもずっと小さな川だった。川辺にはおっぱいの神様を祭っている小さな祠もある。

12:35 五百羅漢
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1782年、東北を襲った大飢饉で亡くなった人たちを慰めるため、和尚が自然岩に五百羅漢を彫ったそうだ。今でも遠野の山にその仏像は残っているという。駐車場から10分ほど歩いてやっとその場所に着く。しかし、「五百羅漢」と表示が出ている先には苔むした岩ばかり。 え、これなの?と思いながら近づくと・・・・・・

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よくみてみると、岩のひとつひとつに細い線で羅漢像が描かれている。岩から苔をむしるとその下にまた現れれる。一見、ただの岩がごろごろしているだけの場所に思えたのだが、実は無数の五百羅漢がひっそりと私たちを取り囲んでいたのだ。雨風にさらされ無造作に置かれたその像は、寺や神社で大切に祭られたどんなものよりも気高さを感じさせる。

13:18 どんとはれの昔話
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柳田国男の「遠野物語」があるように、この地域には伝承の民話が数多く存在する。その昔話を地元の女性が話し聞かせてくれる。観光客に分かりやすいように少しだけ方言を混ぜた話し方にしてくれている。昔話はかならず「どんとはれ」で終わる。めでたしめでたし。

14:44 デンデラ野
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デンデラ野とは、いわゆる姥捨て野のことである。60歳を過ぎた老人は家族のもとを離れここに連れてこられたらしい。今は何もないただの野原である。楢山節考のような山奥の姥捨て山を想像していたのだが、実際に訪れてみるとそれほど人里から離れているわけでもなく、ここに住む老人たちは日中は畑に下りて農作業を手伝っていたらしい。世間から断絶されただ死を待つといったわけでもなかったのかもしれない。今で言う老人ホームみたいな場所だったのだろうか。家族が時々会いにくることもあったのかもしれない。

16:35 押角駅
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鉄道マニアなら一度は訪れてみたい秘境駅の押角。山の中にひっそりとある。無人でホームはひとつだけ。

17:32 龍泉洞
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日本三大鍾乳洞の一つである龍泉洞。龍泉洞の中には透明度の高い地底湖があり、こんな美しい水の中に潜ってみたら気持ちいいだろうなと思う。しかし、鍾乳石が発達しているので実際泳いで見るとかなり怖いことだろう。龍泉洞は現在も調査中でまだ半分ぐらいしか解明されていないらしい。蝙蝠も生息していて、時々頭上を飛んでいく。

20:45 わんこそば

岩手にきたらわんこそばである。わんこそばはそばだけかと思いきや、薬味もいろいろある。なめこおろし、そぼろ、ねぎ、刺身等。椀のそばを食べきると隣に立っている店員さんがすぐに麺が投入する。食べきれなくなったらすぐに蓋をしないとまた麺を入れられてしまう。
つれと対決しようということで、ハンデは30杯。最初はつるつると食べていたのだが、やがてなぜこんなふうに食べないといけないのかと疑問を持ち始める。せっかくだからおいしく味わって食べたほうがいいのではと思い、ゆっくり食べるようになると途端にそばが入らなくなる。結局83杯食べた。しかし、つれは食べるのをやめない。ハンデは30杯だから114杯で勝ちは決定なのにそれでもまだ食べ続ける。苦しげな表情でため息をつき、飲み込むのも大変そうだ。なぜそこまでするんだろうか。わからない。結局130杯食べた。その後食べすぎで体調も悪くなり、無理して食べたことを後悔している。
ちなみに女性平均は40杯、男性平均は60杯ということ。店には大食いで有名な赤坂さんも来た事があるらしく、400杯食べたそうだ。信じられん。

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2006年5月 4日 (木)

東北・旅日記②

10:20 八幡平
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レンタカーで八幡平に向かう。まだ雪がたくさん残っている。
八幡平の休憩所に寄るとパネル展示がしてあり、この一体にかつて鉱山があったことを知る。松尾鉱山は昭和四十年代に閉山になったが、この雪深い山奥に鉱山労働者やその家族が住む町が形成されていたそうだ。最盛期で1万5千人が住んでいたという当時のアパートや学校など建物はそのまま残っているということである。これはぜひ見てみたいと、来た道を引き返し、旧松尾鉱山の町に入る。

11:00 旧松尾鉱山社宅跡
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メイン道路の脇に伸びた一本の道を入ると、すぐに廃墟の町は現れる。車の窓からその町を見て思わず「うわっ」と声が出る。何棟もの崩れかけたコンクリートの建物がそびえたち、かなり異様な風景である。ここまでの大規模な廃墟はほかにあるのだろうか。ほんとうにそのままの形で残っているのだ。信じられない光景を目の当たりにして、ここにかつて町があったということを実感する。

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周囲には草が生い茂り、雪も深く、近寄ることを拒んでいるかのようである。足元に気をつけながら建物に近づき、その内部に入ると大量の雪が山のように積もっている。外から吹き込んできた雪がまだ残っているのだろう。雪の上に足跡が残っている。私たちのようにものめずらしさから廃墟を見学に来る人もいるようだ。

Shataku
コンクリートのアパートは4階建で、古い割りにつくりがしっかりしているため、中に入っても崩れる心配は感じられない。階段を上っていくと、左右対称に同じ部屋があり、なぜかどの部屋も玄関先に取り外された便器が置いてある。間取りは6畳と8畳の部屋に押入れ、台所とトイレといった感じだ。落ちていた雑誌を拾うと昭和41年発行のものだった。窓の外に雄大な八幡平の雪山が見える。全くひとけはなく、寒さのせいかねずみさえ暮らしていない。アパートの奥の方に煙突が二本。学校の建物も見えていたが、雪が深いためさすがにそこまで近づくことはできなかった。

この町には今では誰も住んでいない。しかし、この鉱山町に残る建物でひとつだけ現在も使われている建物がある。それは町の入り口近くに立っている元病院なのだが、現在その建物は学習院の施設として利用されているらしい。白く塗られたコンクリの建物は外から見るとたんなる校舎といった佇まいである。もし廃墟となったアパートが改修され現在も使われていたらあのような建物になっていたのかもしれない。それにしてもなぜ学習院がその建物を利用しているかは不明である。

廃墟群を抜けたところに中和処理施設がある。ここは北上川の清流となるが、鉱毒が流れ出すため、中和処理施設が昼夜稼働中である。この施設がなければ北上川は死の川となってしまう。鉱山が閉山されて30年以上経つが、施設は半永久的に稼動し続ける。

11:45 アスピーテライン
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開通したばかりの雪の回廊。よくみると、雪の壁にいろいろ落書きがしてある。相合傘とか名前とか。

12:30 藤七温泉
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アスピーテラインを抜けた先にある藤七温泉に行く。簡易な露天の湯船だ。泥パックのようなぬめりのある灰色の湯はなるほど肌によさそうだと思うが、入り口の古い看板を見ると「日本で一番紫外線が多い場所です」と書かれている。たしかにさえぎるものも何もない山の上だし、さらに雪で反射するため、まぶしいくらい紫外線がたっぷりだ。しかし、これが売り文句だったのはいつの時代だろうか。今は紫外線は嫌われ者だというのに。私も普段日差しをできるだけ避けて生活しているのに、これでは全く意味がない。と、思いつつやはりせっかくなので温泉に入る。もう一生分くらいの紫外線を浴びてしまった。

16:04 弘前・万茶ン
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弘前に着く。太宰治も通ったという万茶ンという喫茶店に入る。コーヒーが売りの正統派の純喫茶である。客層も中高年が中心。

17:00 弘前城
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弘前城に花見に行く。さすが名所だけあって人出も多い。5時を過ぎたら城内に無料で入れるらしく、10分ほど時間をつぶしてから中に入る。

17:30 弘前さくら祭り

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花見会場になぜか占い師が立っている。最初見たときはびっくりしたが、弘前の桜祭りでは普通のことらしい。会場のあちらこちらで占い師が店を開いている。花見に来て占いをしてもらう人なんているのだろうかと思ったのだが、家族連れのお父さんが手相を見てもらっていた。

17:48 オートバイサーカス
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弘前の桜祭り会場を歩いていると、見慣れない出店が多いことに気がつく。スマートボールとか、おばけやしきとか。どれもなんだか古めかしく、まるで昭和30年代といった風情なのだ。その出店の中でも目を引いたのがオートバイサーカスである。外から見ると巨大なテントといった感じなのだが、看板には、樽の中をオートバイが走ると書かれている。挑戦者で成功したものは100万円差し上げますとも書いてある。連れと入ろうかと悩んでいると、客寄せのため入り口で若手がバイクをふかしはじめる。まあ、こんなもの今後見る機会ももうないだろうし、と700円の入場料を払って見物することにする。
中に入ると、木製の見物台が樽を上からのぞくようにぐるりと囲んでいる。樽の高さはだいたい4メートルぐらいだろうか。中をのぞくと、大きな酒樽が二つ置かれている。客も徐々に集まり始め、客寄せのバイクのエンジンも止まったようだ。いよいよオートバイサーカスのショーがはじまる。
樽の中にバイクに乗った男が現れると、エンジンをふかし、いきなり樽の側面を垂直に上り始め、ぐんぐん走り出す。木製なのでこちらの足場にもがたがたと振動が伝わってくる。バイクはどんどん上がってくる。運転手は無表情のまま走り続ける。樽のふちのぎりぎりの赤ラインまで上ってくる。怖い。私も連れも腰が引けている状態だ。観客からチップの千円札が差し出され、男はさっと片手で受け取る。そして、受け取った千円札で目隠しをして、両手を広げて猛スピードで樽の中を走り続ける。割れるような拍手がおこる。

21:33 盛岡・三千里
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オートバイサーカスに圧倒されてしまい言葉もない。なんだか出るのはため息ばかり。盛岡に戻り、名物の冷麺を食べる。スピーカーから流れる音楽は「ラジオスターの悲劇」。

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2006年5月 3日 (水)

東北・旅日記①

11:30 花巻

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朝八時に東京駅を出発し、新花巻駅に到着。花巻は宮沢賢治の出身地として有名な土地だが、駅前はバスロータリーとタクシー乗り場があるくらいで、あとはのどかな東北の風景がひろがっている。もっと観光地化されているかと思いきや、あまりにささやかな感じなのでちょっとびっくりする。ふいに「星めぐりの歌」のメロディが聞こえてきたので、音のする方に向かっていくと宮沢賢治をモチーフにした石碑から流れている。

バスで高台にある宮沢賢治記念館にいく。賢治の原稿(複写が多い)が中心。永訣の朝が載っている当時の雑誌が展示されており、久しぶりにこの詩を読んだのだが、あまりに美しく切なくて涙がでそうになる。春と修羅も改めて読む。愛用品のチェロが見られたこともうれしかった。宮沢賢治記念館の近くには季節の花が植えられた花壇と日時計があり、彼の作品にちなんでポラーノ広場という名前がつけられている。ツメクサはなかった。

14:00 イギリス海岸
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北上川の西岸。宮澤賢治はここをイギリス海岸と呼んでいたらしい。この川岸から胡桃の化石がでてきたという事実は、「銀河鉄道の夜」のプリオシン海岸の話につながってくる。ジョバンニとカムパネルラが銀河鉄道が停車している間に駅に降りて、プリオシン海岸で胡桃を拾うシーンは「銀河鉄道の夜」の中でも私のお気に入りのシーンのひとつである。
ちょうど川岸の桜並木が満開で地元の人たちも散歩に来ている。私も紫外線を気にしつつ花見をする

15:30 やぶ屋
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天ぷらそばとサイダー。かつて宮澤賢治はこのやぶ屋で天ぷらそばとサイダーを注文していたらしい。当時はサイダーの方がそばよりもずっと高かったそうだ。天ぷらそばとサイダーのオーダーはいかにも観光客と言う感じで少し気恥ずかしいが、せっかくなので注文する。

16:00 マルカンデパート
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ミクシイで旅行の直前に知ったのだが、花巻に巨大なソフトクリームがあるらしい。それならぜひ行ってみようと花巻の中心部にあるマルカンデパートをたずねる。
名物ソフトクリームはマルカンデパートの最上階にあるレストランで食べられる。入り口のサンプルを見ると250ぐらいまで番号がついている。しかし、メニューが250種類あるわけではない。ところどころに欠番がある。なぜ番号が飛んでいるのかはわからない。ソフトクリームはメニュー番号・1番。さすが名物である。
さて、この何重にもなったソフトクリームが140円というのは安さにも驚くが、実際目の当たりにするとこれを作れる技に感心する。店で一番人気メニューなのだろう。ウェイトレスさんがお盆に載せたソフトクリームを次々と運んでいく。その姿を見て、倒さずに手早く運べることにも感心する。周りの人たちにならって割り箸でソフトクリームを食べる。中は空洞になっている。
下の階にはあまり客がいなかったのに、レストランはにぎわっていることに気がつく。マルカンデパートはレストラン(もっと言えばソフトクリーム)が支えているに違いない。

17:00 羅須地人協会跡地
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羅須地人協会跡地の入り口の掲示板にあったもの。協会の建物ではないが、この有名な文字があったので写真を撮る。建物は移築され、現在「雨ニモマケズ」の詩碑のみ立っている。宮澤賢治が耕した畑は現在は田圃になっているらしい。この辺りは田園風景が広がっており、田圃の水面が鏡のように反射してとてもきれいだった。

18:00 大沢温泉
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花巻駅からバスに乗って大沢温泉へ。かつて宮沢賢治や高村光太郎も訪れている花巻の有名な温泉だ。自炊部もある本物の温泉宿である。木造の建物はかなり古く、建て増しされて迷路のようになっている。入り口すぐの受付、待合室、売店、宿泊客が泊る大部屋、ひとつひとつがまるで小津の映画の世界のような趣がある。
風呂は混浴の露天と男女別の露天風呂と内湯がある。無色透明のつるつるした湯。風呂あがりに冷えたコーヒー牛乳を飲む。肌も弱いし、冷え性なので時間とお金があればこういう湯治場にしばらく逗留したいものである。

20:30 北上展勝地
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桜の名所である北上展勝地で夜桜見物をしながら、屋台で晩御飯を食べる。ホタテや貝柱、豚トロの串焼き。寒いのでひっつみも食べる。
桜は散り始める直前の一番美しい時期だった。夜だからか人出も少なく、ゆっくり桜のトンネル道を散歩することができた。北上川に鯉のぼりがつるされていて、風になびいて泳いでいる。近くで見ると、鯉に混じってなまずも泳いでいる。風が吹くたびワイヤーが揺れるぎしぎしという音が聞こえてきた。

21:44 盛岡駅
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北上から新幹線で盛岡に戻る。盛岡駅で「はやて」と「こまち」が切り離される。その様子はホームから間近に見ることができる。こんなのを見にくるのは私達ぐらいかと思いきや、周りには人だかりが出来ている。にぎやかな中国人グループが何枚も写真を撮っていた。

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離れた後はこんな感じ。がちっと外れてしゅるしゅると蓋がされる。

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